大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和43年(う)2659号 判決

被告人 大木一勝

〔抄 録〕

論旨は、要するに、原判決が、判示第一の犯行について、急迫不正の侵害が存在したということも、また防衛意思があつたということも認められないとして、原審弁護人の過剰防衛の主張を排斥したのは、事実を誤認したものであるというのである。

よつて、記録を調査して考察すると、原判決が「弁護人の主張に対する判断」の項において説示するところは同項に掲げる証拠によつて優に肯認することができる。即ち、右証拠によると、被告人は、原判決の罪となるべき事実摘示のとおり、自動車の運転者席にいた際、相手方から横窓越しにいきなり果物ナイフ様の刃物で顎などに切りつけられたことが認められるから、その際においてはまさに急迫不正の侵害が存したものであることは所論のとおりである。しかし、被告人は、右のように切りつけられるや、素早く後部座席の方から車外に飛び出して車の後部に廻り、相手方に反撃を加えるため同車の後部トランクの錠を外し中から日本刀を取り出し、相手方の許に戻つて切りつけたのであるが、その間相手方は被告人に迫つて危害を加えることも可能な状況にあつたのに、かなり酩酊した様子で終始運転者席の横窓付近路上に立つたまま動かず、刃物を手にしたままでいたとはいえ、少しも攻撃的な姿勢、行動を示さなかつたことが認められ、それらに徴すると、被告人が自動車の外に脱出した後は、被告人の生命身体に対する急迫不正侵害はもはやなくなつていたと認めるに十分である。殊に、相手方は、被告人が自動車の後方で日本刀の鞘を払つたのを見て既に逃げ腰になり、被告人が相手方に迫つた際にはもはや刃渡り約四五センチメートルの日本刀を手にした被告人に対し刃渡り約一三センチメートルの果物ナイフ様の刃物で刃向い危害を加えるとは思えない情況であつたことが認められるのであり、従つて、被告人が相手方に切りつけようとした際にはもはや急迫不正の侵害は存在しなかつたことが明白であつて、到底所論のように急迫不正の侵害が継続していたものとは認められず、なお、所論の相手方は平素酒癖が悪く、本件犯行の際は酒に酔い、興奮した雰囲気の中にあつたことを考慮にいれても、新たな急迫不正の侵害が存在し、或いはそれが予期されたとは認め難い。そして、右のような状況の下において、しかも自動車の後方で日本刀の鞘を払つた際傍らにいた山本満から制止されたのを振り切り、相手方に近づいて切りつけ、逃げる同人を執拗に追つて更に切りつけていることを思うと、被告人も相手方から突然攻撃を受け興奮していた際であることは所論のとおりであるとしても、被告人の犯行は、相手方から切りつけられたことに憤激の余り、一途に相手方に対し反撃を加え報復する意図のもとに出たもので、被告人が検察官に対する昭和四三年八月一三日付供述調書において自認しているとおり、自己防衛の意思はなかつたことが明らかである。以上、いずれの点からしても、被告人の行為をもつて過剰防衛ということはできない。それ故、原判決が原審弁護人の過剰防衛の主張を排斥したのは相当であり、原判決には所論のよう事実誤認のかどはない。論旨は理由がない。

(松本 石渡 藤野)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!